いざないのみち

・・・其処の あなた

あなたですよ

生気の抜けたような顔をしている

あなた

この道が気になるようですね

ふふふ

良い事を教えましょう

この参道を抜けたあの文具店で一つ消しゴムを買いなさい

そして参道を戻り、途中にある社にお供えして祈願しなさい。

「私の不幸を消してください」とね

「そんな事で解決するものか」って

ふふ

わたしの不幸は消えましたよ

・・・そうですか 

試しませんか 

でも

それは賢明な判断かもしれませんね

不幸を消してしまうというのは人生の一部を消すという事

それでも消したいと思う人も居るでしょうが耐えることが出来るのであれば過去と共に生きるのも良いですよね

あなたは強い人ですね

ごきげんよう

さようなら

わたしは不幸だった

だから祈った

そして不幸な環境は消えた

しかしそれは流れたはずの時の中で与えられた場所も、その時に出会った人達の記憶も消すという事だった

確かに過去の不幸は消えたが今の状態が幸福とは言えない

虚ろだ 

また消しゴムを供えて今を消したとしても同じことの繰り返し

さて

気を取り直して不幸そうな人間を探すか

私と同じ虚ろな人間を作れば話し相手は出来るからな

そうすれば

少し幸せになれそうな気がする

とある神社の参道の写真
名古屋市 隅田神社にて撮影

由緒書き

隅田神社

祭神は須佐之男命、迦具土大神。摂社は隅田開運稲荷神社、柳龍神社。創祀は元禄初年(一六八八)といわれ大祭は十月一、二日です。創祀当時、この地域は江川(現在の江川線)の東に沿った農村でした。元禄の初め熱病の流行や付近で起きた火事をきっかけに、疫病防止と安全祈願のため、祭神二柱を祀りました。文政年間(二八二五、畑地が開かれ町屋となりましたが、低湿地で、大雨の時に池のとなりました。西北の隅へ人家がおいやられたため、隅田町祀したとされています。戦後、新道の菓子問屋街はこの辺りまで広がり、昭和十年代まで、特に賑わいました。駄菓子を入れた缶を積み重ね、太風呂敷で包んで背負った「カンカン部隊」は有名です。一つの神社を町内の氏子だけでお祀りしていることや、菓子問屋街の中の神社という点が特徴的です。

那古野一丁目まちづくり研究会

Sumida Shrine

In 1688, after the epidemic of febris and fire in the area by the East side of Egawa River, Sumida Shrine was founded to honor Susanoo-no-ookami and Kagutsuchi-no-ookami to pray fervently for safety and protection from plagues.

Shinmichi Confectionery Wholesale District, reached to this area, had been crowded since the World War II until 1970’s. It is rare to find shrines worshipped only by a quarter of the shrine parishioners.

撮影場所

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