豊田市小原村の磯丸碑

2024年11月24日 豊田市小原町の四季桜と紅葉を見にハンターカブを走らせた時に見つけた石碑

場所の詳細はGooglemapではストリートビューが通っていない為ピンポイントで指す事が出来ないが、小原町の東にある豊田市立小原中部小学校の辺りだったと記憶している(間違っているかもしれない)

妙な場所に建てられた石碑とその後ろに棄てられたように置いてあるある由緒書きに興味を惹かれ撮影してきた

由緒書きにはこう記されている

磯丸碑

いか斗(ばかり) あらふる神
ゆきかよふ みちにたたりは
あらしとそ思ふ

八十ニ歳 翁 磯丸


昔、この一本松峠に夫婦松が立っていたが、そのうちの女松が切り倒された。

その祟りによって、この峠を通つた花嫁が不幸に見舞われることが度々起こった。
そのため、いつしか婚礼の行列は、この峠を避けて通るようになった。


たまたま、この地を訪れた知多田原の歌人磯丸が、この話を聞き、その歌徳により、峠にまつわる迷信を退けようとこの一首を詠んだ。

しかし、因習は破られず、今もなお迷信は残り、花嫁がこの峠を
通ることはほとんどない。

磯丸碑の言伝え

根拠のない祟りとか古い風習を戒める為に歌を作ったのであろうが通じなかったらしい(;´▽`A“

しかし磯丸とは誰なのだろう

磯丸碑

知多田原・・ おそらく渥美半島の田原の事だろうと思いGooglmapで磯丸碑と検索してみるとビンゴ

渥美半島の先端に磯丸の伝承が残っているらしい、どんな人物なのか。この記事を書いた時点では解らないが遠く離れた豊田市に伝承が残っているのは興味深い

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